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広島地方裁判所 昭和51年(ワ)159号 判決

原告(反訴被告) 割田房男

右訴訟代理人弁護士 外山佳昌

被告(反訴原告) 佐野健二

右訴訟代理人弁護士 原田香留夫

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)の衛生検査業務に関し虚偽の陳述またはそれを記載した文書の流布をしてはならない。

二  被告(反訴原告)は別紙送付先に対し別紙記載のとおりの訂正通知をせよ。

三  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し四〇万円及びうち三〇万円に対する昭和五一年五月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し四〇万円及びこれに対する昭和五一年三月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)の爾余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は本訴および反訴を通じてこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

七  本判決は第三、四項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告、以下単に被告という)は原告(反訴被告、以下単に原告という)の衛生検査業務に関する虚偽の陳述またはそれを記載した文書の流布をしてはならない。

2 被告は、別紙送付先に対し別紙記載のとおりの訂正通知をせよ。

3 被告は原告に対し五〇万円及び内金三〇万円に対する昭和五一年五月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

5 第三項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 原告は被告に対し五〇万円及びこれに対する昭和五一年三月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求の原因

(一) 原告は昭和四八年以来広島市に於て広島臨床検査所の名称で広島県下の公立小、中、高校の生徒を対象とした寄生虫検査等を営業としており、被告もかねて広島県呉市に於て原告と同種の営業をしてきており、原、被告は現に競争関係にある。

(二) 被告は、蟯虫の検査方法をテーマとした昭和四九年一〇月五日付「蟯虫採卵紙三回法は見へないか」と題する文書を作成し、原告の営業を妨害する目的で、右文書の中で、暗に原告を指して「他県からの落伍者」と称し、原告の検査料は安いが、莫大な検体を少人数で処理するため一回法を採用し、ずさんな検査で適当に陽性者をつくり出し、ある地方では陽性者が非常に多いが、これは原告の検査方法に起因するものである旨の虚偽の事実を記載しこれを別紙記載の送付先に送付して虚偽の事実を流布した。

(三) その結果原告の営業上の信用は害され、将来も引続いて営業上の利益が害される虞れがある。

2 そのため原告はこれまでの円滑な営業が困難となり営業上の利益が害されるに至った。

3 かくて、原告はこれまでの円滑な営業が不可能となったことに加えて将来の営業についても憂慮し、提訴手続などで精神的苦痛を受けたので、その慰藉料としては三〇万円が相当であり、且つ原告代理人に本件訴訟を委任するに際して弁護士費用として二〇万円の支払を約した。

4 よって原告は被告に対し、不正競争防止法一条一項六号、一条の二、三項、民法七〇九条、七一〇条に基づき被告の不正競争行為の差止、原告の営業上の信用を回復するために必要な訂正通知の送付ならびに損害賠償として五〇万円及び内三〇万円に対する昭和五一年五月一八日(昭和五一年五月一二日付準備書面送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求原因1(一)の事実は認める。同(二)の事実中被告が、昭和四九年一〇月五日付「蟯虫採卵紙三回法は見へないか」と題する文書を原告主張の送付先に送付したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(三)の事実は否認する。

2 請求原因2、3の事実はいずれも否認する。

三  抗弁

被告が右文書を原告主張の送付先へ送付したのは、原告が呉市内小・中学校の養護教諭らに対し、被告の採用する蟯虫採卵紙三回法は卵が見えない、原告は呉市教育委員会の許可を得ている、衛生検査所の登録をしていない被告は無資格である、など被告の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述し、流布したことに対する自救行為であり、違法性がない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

(反訴について)

一  請求の原因

1 原、被告はともに広島県に於いて寄生虫検査などの営業を行い、現に競争関係にある。

2 昭和四九年二月下旬以降、原告は、従来被告が依頼を受けて検査業務を行っていた呉市内小・中学校の養護教諭らに対して、被告の営業上の信用を害する意図をもって「被告の使用する蟯虫採卵紙三回法は卵が見えない」、あるいは「衛生検査所の登録をしていない被告は無資格者だ」など被告の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述、流布し、そのため被告は営業上の利益を害された。

3 以上の次第で、被告は、自己の将来の営業上の信用について憂慮し精神的苦痛を受けたので、原告に対し、不正競争防止法一条の二、民法七〇九条、七一〇条に基づき慰藉料五〇万円及びこれに対する昭和五一年三月二日(反訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因23の事実はいずれも否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴請求原因のうち1(一)の事実、同(二)のうち被告が昭和四九年一〇月五日付「蟯虫採卵紙三回法は見へないか」と題する文書を原告主張の送付先へ送付したこと及び反訴請求原因のうち1の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば次の事実を認めることができ、原・被告各本人尋問の結果のうち次の認定に反する部分は措信できない。

被告は、昭和三五年三月二三日広島県知事により衛生検査技師法に基づき衛生検査技師名簿に登録をうけて同技師の免許を得、呉市内の小・中学校を中心として広く同県内の小・中学校の学童、生徒の検便による寄生虫卵検査の営業に従事してきたが、その料金は被告ほか県内業者の殆んどが各教育委員会と協定して一名につき四〇円と定めていた。被告の検査方法は三回法と称するもので、検査資料を三日間に亘って採取するものであり、その検査資料の採取を一日のみとするいわゆる一回法より寄生虫卵検出の精度において優るものであった。また衛生検査技師が衛生検査所を開設した場合、それが所定の基準に適合しておれば衛生検査技師法に基づいて都道府県知事から衛生検査所の登録を受けることができることとなっているが、その登録を受けていないからといって当該検査技師が無資格者であるということはできない。

他方、原告は、かねて和歌山県下で前記被告と同様の営業に従事していたが、同県下での業界の競争は熾烈であり、かつ原告の営業内容が思わしくなかったことから、昭和四八年九月ころ妻の郷里の近くである広島市内に広島臨床検査所と称する衛生検査所を開設し、同四九年八月一日衛生検査技師法に基づき広島県知事の登録を受けた。しかし、原告が和歌山県下で業界における落伍者の烙印を押さるべき状態にあったとはたやすく断定できない。ところで、原告は、広島県下において新規に得意先を開拓することを急ぐあまり、検査料金を一名につき三〇円とし、すでに被告が得意先としていた呉市内の小・中学校を廻り、その担当者に対し、被告の営業上の信用を害する意図で、被告は法定の登録を受けておらず無資格者であるとか、被告が蟯虫卵検査に採用する三回法では卵の検出ができないとか、被告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布した。被告はこのことにより営業上の信用を害され、精神的苦痛を蒙った。

被告は、そのころ、原告の右のような所業を知ってこれにいたく立腹し、原告の営業上の信用を害し、それに対する報復をしようと考え、昭和四九年一〇月五日付「蟯虫採卵紙三回法は見へないか」と題する文書を前記送付先などへ多数配布したが、被告は、右文書に、暗に原告は他県からの落伍者であり、自信のない検査技師である原告は小人数で莫大な検体を処理しずさんな検査をしているなどの虚偽の事実を記載しており、これは原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布したことに当る。而して、原告はこのことにより営業上の信用を害され精神的苦痛を蒙った。

以上のとおり認められる。

右事実からみれば、被告が右文書を配付した行為が、原告の被告に対する誹謗に対し、自己の権利を防衛するためやむことを得ずしてなされた行為であって違法性を欠くものとはいえない。

三  右事実によれば、原告が本訴に基づき被告に対し、不正競争防止法第一条により原告の営業である衛生検査業務に関しその営業上の利益を害する虚偽の事実を陳述すること又はこれを流布することの差止を求める請求、同法第一条の二により慰藉料及び弁護士費用の支払を求める請求は、諸般の事情を斟酌すれば慰藉料については三〇万円を相当とし、弁護士費用は一〇万円を相当とするので、四〇万円及びうち三〇万円に対する昭和五一年五月一二日付準備書面送達の翌日である同月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また営業上の信用を回復するに必要な処置として主文掲記の訂正通知書を別紙記載の送付先へ送付することを求める請求は理由があるが、爾余は失当である。

次に、被告が反訴に基づき原告に対し、不正競争防止法第一条の二により慰藉料の支払を求める請求は、諸般の事情を斟酌すれば、それは四〇万円を相当とするので、右金員及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和五一年三月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが爾余は失当である。

四  よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中原恒雄)

〈以下省略〉

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